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仙台高等裁判所 昭和39年(ラ)25号 決定

抗告人 陸中一宮駒形神社奉賛会

右代表者会長 及川一雄

右代理人弁護士 鈴木直二郎

相手方 千葉正吉

主文

原決定を取消す。

相手方の差押禁止範囲限定申請(盛岡地方裁判所水沢支部昭和三九年(ヲ)第三号)を却下する。

右申請費用及び抗告費用(本件並に差戻前の抗告を含む)は相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨並に理由は別紙のとおりである。

一、本件記録によれば、盛岡地方裁判所水沢支部は債権者陸中一宮駒形神社奉賛会(本件抗告人)債務者千葉正吉(本件相手方)、第三債務者水沢市の同庁昭和三九年(ル)第一号歳費債権差押並に取立命令申請事件において債務者が第三債務者の市会議員として有する歳費債権の昭和三九年一月から請求金額に満つるまでの債権に対して同年一月二四日差押並に取立命令をなしたこと、その後同裁判所は右債務者を申請人とする同庁昭和三九年(ヲ)第三号債権差押禁止範囲の限定決定申請事件において同年二月三日差押範囲を限定する必要が認められないとしてこれを却下したこと、この却下決定に対して右債務者より即時抗告の申立がなされ、仙台高等裁判所は同庁昭和三九年(ラ)第一〇号において同年三月九日原決定はその理由を具えないか又は判断の遺脱があるものとしてこれを取消し原裁判所に差戻す旨の決定をなしたこと、この差戻をうけた原裁判所は同年四月二二日右債務者の申請を認容して「債権者は債務者が第三債務者に対して有する歳費債権の四分の一に限りこれを差押えることができる。」旨の決定をなしたことが認められる。

二、ところで民事訴訟法第六一八条の二が同法第五七〇条の二を準用して差押禁止債権の外に必要なる限度において差押の禁止債権を定めることができるものとしているのは、同法第六一八条第二項本文の規定によつて差押をなす場合に限られるのであるから、この差押の禁止が許容されるためには被差押債権が同条第一項第一、第五、第六号のいずれかの債権に該当しなければならないところ、本件被差押債権たる前記歳費請求権は右各号のいずれにも該当するものと解することができない。

もつとも、現行憲法の施行以来国又は地方公共団体の公務に従事する職員をひとしく公務員と称するようになつたため、地方議会の議員の歳費も右第五号にいわゆる「官吏の職務上の収入」に該るのではないかと解せらる余地が無いではないけれども、もともとこの条項は、「官吏」の職務上の収入がその地位に相応する生活を維持し且つ国家的公益的業務に専念せしめる唯一の生活源として支給されているものであり、それ以外の事務、事業に従事して報酬を得ることは法律によつて禁止されているためにこれを無制限に差押えることは官吏を窮迫に陥らしめその地位に相応する生活の維持を困難にし、その従事する国家的公益的業務に悪影響を及ぼさしめるおそれがあるので、これを防止するため敢て債権者の利益を犠牲にしてもその差押を制限しようという社会政策的且つ国家公益的理由に基づくものと解せられるのであり、これを現行法制に照して考えると、いわゆる一般職の国家又は地方公務員等が右条項にいわゆる「官吏」に該当することは疑の余地がないところ、地方議会の議員はひとしく、公務員と称するとしても、個々の政策的目的から僅に特定公職との兼職を禁止されているか又は当該地方公共団体と密接な関係のある請負という特定、私企業から排斥されるほか、一般職公務員等に課せられている前記のような法律的拘束からは解放されているのであるから、両者の法律上の性格には格段の相違があり、この地方議会の議員歳費についてまで債権者の利益を犠牲に供して差押を禁止し民事訴訟法第六一八条第一項第五号の「官吏の職務上の収入」に該るものと解すべき理由はないのである。

従つて、本件歳費請求権についてはその全額について差押並に取立命令を発することが可能であり、これを禁止若くは制限しうべき根拠はないものといわなければならない。

三、一件記録によれば相手方は、その申立の理由として、(イ)主たる債務者が申立外の千葉信一であつて相手方は単なる連帯保証人にすぎないこと、(ロ)相手方は本件歳費によつて生活を維持しているものであつてこれを全額に亘つて差押、取立てられるときは生活が困窮する旨を主張しているけれども、右(イ)の点については連帯保証人であると主たる債務者であると債務者であることについて法律上の性質を異にするいわれはないのであるから失当なること明らかであり、(ロ)の点については前記二、に判示のとおり歳費請求権の全額について差押が可能であり、これを制限しうべき法律上の根拠はないのであるから、差押の結果たとえ債務者の生活が困窮に陥るおそれがあるとしてもそれ丈の理由では差押禁止の限定を求め得る根拠となし得ない。そのほか一件記録を検討しても、相手方の申請を認容して被差押債権の差押禁止の範囲を限定すべき理由はない。

四、よつて本件抗告は理由があり、これと異る原決定は不当であるから取消を免れず、相手方の差押禁止範囲の限定を求める申請は理由ないものとして却下すべきであり、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高井常太郎 裁判官 上野正秋 藤井俊彦)

〈以下省略〉

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